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あの日、俺達がエンジニアを目指した理由

「AI時代にエンジニアはどう生き残るか」ではなく、ひとつ手前の問いを掘り起こす。段ボールで剣を作っていた少年が、なぜ夜中の3時にAIと喋るようになったのか。

窓辺の机に置かれた、コードを表示したノート PC と小さな多肉植物

「AI時代にエンジニアはどう生き残るか」という話が、毎週どこかで擦られている。

その手の記事はもう十分にある。本稿ではその話をしない。

かわりに、ひとつ手前の問いを掘り起こす。段ボールで剣を作っていた少年が、なぜ夜中の3時にAIと喋るようになったのか、という話である。

昨今、我々エンジニアの周囲はずいぶん騒がしい。

「プログラマはもう不要になる」

「これからエンジニアが生き残るためには」

「AI時代に身につけるべきスキル10選」

そんな、ざっくりとした不安と、最新技術にありがちな過剰なマーケティングがインターネット上を蠢いている。

どうやら世の中は大変なことになっているらしい。

そして私は、そんな環境に自ら身を置いてしまっているエンジニアのひとりである。

さて。

ありがちな導入から始まったこの記事だけれど、本稿では次のような話はしない。

  • 今は間違いなくAIバブルだ! 崩壊するのか? しないのか? 今後の未来は!?
  • AIはエンジニアを含むホワイトカラーの仕事を奪う! 生き残るために学ぶべき最新AI技術はこれ!
  • このAIモデルの性能がすごい!

こういう話は、たぶんもう100万回くらい擦られている。

そして101万回目については、きっと誰かがやってくれる。

そもそも、技術革新っぽいものが起こるたびに、この業界は巨大なマグロを掲げて我々ちっぽけな一般消費者の前に現れる。

「見ろ!!! すごいものが来たぞ!!!」

という具合に。

私は1998年生まれだが、物心ついた頃からずっと、この光景を見せられ続けてきた気がする。

だからもう、かなり慣れてしまった。

それよりも私は、「エンジニアとしてこれから生き残るためにはどうすればいいのか」という話に、実はあまり興味がない。

——と、こう書くと少し無責任に聞こえるかもしれない。

住宅ローンがあって、子どもがいて、来年の給与が本気で心配な人に向かって「楽しめばいいじゃん」と言うのは、それはそれで残酷な話である。

生き残りの話が擦られるのは、みんなが暇だからではない。実際に生活がかかっているからだ。

それは分かっている。

その上でなお、私はこの話に乗れない。

最新技術に触れたり、試したり、壊したり、遊んだりすることが、私にとって「生き残るための努力」ではないからだ。

水を得た魚というか。

単純に、また新しいおもちゃを与えられただけなのである。

むしろ「勉強しないと取り残されますよ」みたいな顔をして近づいてこないでほしい。

こっちは言われなくても触る。

気づけば夜中の3時まで触っている。

そして、どれだけ最新技術が騒がれても、数年経つと案外みんな、古臭くて、地味で、それでいて世界中で使われている技術へと帰っていったりする。

ものすごい勢いで新しいものが登場して、ものすごい勢いで消えていく。

一方で、ごく稀に、そのまま生き残って新しいスタンダードになってしまうものもある。

今回の大規模言語モデルというものは、おそらくそちら側なのだろう。

ClaudeやChatGPTを触っていると、自分がソフトウェアを作り始めた頃とは明らかに違う何かが始まっている感覚がある。

でも、それでも私は思う。

私は、生き残るためにエンジニアをやっているわけではない。

PCをつつくのが楽しくて、やめられないからエンジニアをやっているのである。

もっと身も蓋もない言い方をすれば、ある種の依存症なのかもしれない。

だから今回は、未来予測ではなく原点回帰をしてみたい。

パラダイムシフトだの、パンドラの箱だの、シンギュラリティだのと大層な言葉が飛び交っている今だからこそ、

そもそも、俺達はなぜエンジニアを目指したんだっけ?

という話を、私自身の実体験から掘り起こしてみようと思う。


ものづくりの原点

間取り図を描く少年。机の上には段ボールの剣と洗濯ばさみの飛行機が並んでいる

振り返ってみると、私が最初からコンピュータ少年だったかというと、そうでもない。

原点にあったのは、もっと原始的な「ものを作ること」への興味だった。

父は土木関係の仕事をしていた。

その影響もあってか、小さい頃の私は家にある設計図を見るのが好きだった。

線が引かれていて、数字が書いてあって、それが現実世界の建物になる。

当然、当時の私は図面の意味なんてほとんど理解していない。

それでも、見よう見まねで家の設計図を書いた。

ここが玄関で、ここがリビングで、階段がここにあって――。

紙の上に線を引くだけで、それまで存在しなかった空間が現れる。

あれは今思えば、かなりソフトウェア開発に近い感覚だったのかもしれない。

一時期は建築家になりたいとも思っていた。

父にそう話したら、

「儲からないからやめとけ」

と言われた。

夢も希望もない。

しかし、おそらくこの頃から「頭の中にあるものを、設計して、実際の形にしたい」という欲求はあったのだと思う。

別に立派なものばかりを作っていたわけではない。

段ボールがあれば武器を作った。

剣や盾のようなものを作っては、兄弟や友達と戦った。

今思えば、さながら低予算スター・ウォーズである。

洗濯ばさみを大量に組み合わせて、飛行機のようなものを作ったこともある。

とにかく身の回りにあるものを組み合わせて、本来とは違う何かに変えることが楽しかった。

一方で、作ることのできないものについては妄想した。

どうすれば気功を身につけられるのか真剣に考え、かめはめ波を撃つための訓練をした。

もちろん、撃てなかった。

ドラえもんを見れば、

「この秘密道具は現実に作れないだろうか」

と考えた。

人間と会話できる機械。

勝手に考えて動くロボット。

欲しいものを言えば出してくれる道具。

子どもの妄想ではあったけれど、今振り返ると、当時「未来の道具」だと思っていたもののいくつかは、少しずつ現実になり始めている。


インターネットが与えた感動と憧れ

そして、私の世界にコンピュータが現れた。

Windows 98だったかXPだったか、細かい記憶はもう曖昧だ。

とにかく家にあるPCを触った。

最初に夢中になったのは、別にプログラミングではない。

ピンボールだった。

お絵かきソフトだった。

マインスイーパーだった。

それだけでも十分に面白かった。

しかし、インターネットにつながった瞬間から、PCはただの機械ではなくなった。

ブラウザを開けば、知らない世界につながっている。

音楽がある。

動画がある。

掲示板がある。

誰かが作ったウェブサイトがある。

やがてニコニコ動画にも出会った。

昨日まで自分が知らなかったものが、クリックするたびに無限に出てくる。

地方の子どもだった私にとって、インターネットとは巨大な窓だった。

世界には、自分の知らない面白いものが途方もない量存在している。

その事実だけで興奮した。

夜中にブラウン管のパソコンを見つめる少年。画面から Web の世界があふれ出している

そして私の世代は、その後、とんでもない速度で世界が変わっていくのを目撃することになる。

iPodが現れた。

iPhoneが現れた。

iPadが現れた。

私が初めて手にしたスマートフォンはiPhone 5sだった。

今では当たり前になったが、当時のスマートフォンには、明らかに「未来の道具を触っている」という感覚があった。

音楽プレイヤーが消える。

カメラが飲み込まれる。

地図が入る。

インターネットがポケットに入る。

昨日まで別々だったものが、ひとつの板に吸収されていく。

子どもの頃に見ていた未来が、目の前で製品になっていった。

そしてある日、当たり前のことに気がついた。

これ、人間が作ったんだよな。

「技術」が勝手に進歩したわけでも、「未来」が向こうから歩いてきたわけでもない。

どこかに、この板のガラスの厚みを決めた人がいる。

アイコンの角の丸みを決めた人がいる。

指を滑らせたときの、あの慣性の効き具合を何度も調整した人がいる。

全部、誰かが決めて、誰かが作っている。

そう思った瞬間から、これらの機械の見え方が変わってしまった。

使う対象ではなく、中身のある物体になったのである。


「これ、どうやって動いてるんだ?」

やがて私は、ただ使うだけでは満足できなくなった。

これ、どうやって動いてるんだ?

その疑問が頭から離れなくなった。

今思えば、あれが私にとっての「知性の覚醒」だったのかもしれない。

PCを分解した。

PSPを改造した。

設定をいじった。

よく分からないソフトを入れた。

当然、壊した。

そして怒られた。

でも、一度「中身が気になる」という病気にかかってしまうと、もう元には戻れない。

ボタンを押したら画面が変わる。

なぜ?

インターネットにつながる。

どうやって?

検索すると一瞬で情報が出てくる。

どうして?

ゲームの中に世界が存在する。

誰が、どうやって作った?

人間は不思議なもので、「魔法だ」と思っているうちはただ感動しているだけなのに、その裏側に仕組みが存在すると知った瞬間、自分でも作ってみたくなる。

そして私は、プログラミングに出会った。


自分の手で世界を作れる

アプリを作り始めて、一番衝撃的だったのは、

頭の中にしかなかったものが、本当に動き始める

ということだった。

昨日まで存在しなかった画面がブラウザに表示される。

ボタンを押すと処理が走る。

データが保存される。

自分以外の人間がアクセスできる。

子どもの頃、紙の上に家の設計図を書いていたときの感覚が、そのまま何倍にも拡張されて戻ってきた。

しかもソフトウェアには、材料費がほとんどいらない。

木材もいらない。

土地もいらない。

工場もいらない。

PCが一台あれば、とりあえず始められる。

こんなもの、面白くないわけがなかった。

Reactを触った。Railsを触った。データベースを覚えて、インフラを触って、新しいライブラリが出れば試した。流行った技術が数年後には古くなり、その頃にはまた別の技術が登場していた。

本屋に行けばオライリーの分厚い本が並んでいて、一冊読み終わる頃には、次に知りたいことが増えている。

機械学習にも手を出した。ニューラルネットワークという言葉だけで未来を感じた。

何かを理解すると、その先にまた分からないものが現れる。

その繰り返しだった。

普通なら嫌になりそうなものだが、私はそこに甘美さを感じていた。

この世界、いくら勉強しても終わらないのである。

最高ではないか。


憧れのその先へ

やがて趣味として触っていたソフトウェアの世界は、仕事になった。

インターンに参加して、初めてプロのエンジニアたちが働く現場に入った。

自分ひとりで好き勝手に作るプログラムとは違い、大勢の人が使うソフトウェアには設計があり、レビューがあり、運用があり、責任があった。

「ソフトウェアを作ってお金をもらう」という、それまで遠くから眺めていた世界の中に自分が入っていった。

サラリーマンもやった。

フリーランスもやった。

個人開発も続けた。

ソフトウェアで何か大きなものを作れないかと、何度も考えた。

栄養成分表示をデジタル化して飲食店に広めようとしたこともある。

作った。動いた。自分では、そこそこ良いものができたと思っていた。

そして、店に持っていった。

結論から言うと、刺さらなかった。

「たしかに便利そうですね」と言われる。そして、それで終わる。

課題が無かったわけではないと思う。ただその課題は、店主の頭の中で、今日の仕込みや、来月の家賃や、辞めそうなアルバイトより、ずっと後ろに並んでいた。

順番の問題だったのだ。

私が作ったのは、たしかに問題を解く道具ではあった。ただそれは、誰かが今日どうにかしたいと思っている問題ではなかった。

世の中、そう簡単ではない。

でも、不思議なことに、失敗しても「じゃあ次は何を作ろう」と考えている自分がいた。

成功したいという欲はもちろんある。

作ったものをたくさんの人に使ってほしいとも思う。

ソフトウェアで大きな事業を作ってみたいという気持ちもある。

けれど、そのさらに奥にあるものを掘り起こしていくと、結局すごく単純なところへ帰ってくる。

作ること自体が好きなのだ。


我々がエンジニアを目指した理由

エンジニアになった理由は、人によって違う。

ゲームが好きだった人もいるだろう。

自作PCから入った人もいる。

Flashでホームページを作った人。

MinecraftでMODを作った人。

初めてiPhoneを触って衝撃を受けた人。

Googleに憧れた人。

スティーブ・ジョブズのプレゼンを見た人。

OSSに感動した人。

単純に給料が良さそうだったから始めた人だっているだろう。

入口なんて何でもいい。

ただ、多くのエンジニアには、どこかに**「技術によって感動を受け取った瞬間」**があるのではないかと思う。

誰かが作ったゲーム。

誰かが作ったサービス。

誰かが設計したコンピュータ。

誰かが書いたプログラム。

誰かの成功物語。

それを見た瞬間、

「なんだこれは」

と思った。

そして、その少し後に、

「自分でも作ってみたい」

と思った。

少なくとも私はそうだった。

PCを初めて触ったときの感動。

インターネットにつながったときの感動。

iPhoneを初めて触ったときの感動。

自分で書いたプログラムが初めて動いたときの感動。

自分で作ったサービスに、知らない誰かがアクセスしたときの感動。

そういうものを、ひとつずつ受け取ってきた。

だから今度は、自分が作る側に回りたかった。


とにかく、面白すぎる

エンジニアという仕事には、当然つらいこともある。

原因不明のバグ。

読めないコード。

終わらないレビュー。

突然落ちる本番環境。

昨日まで動いていたのに、なぜか今日動かなくなる何か。

何時間調べても分からなかった原因が、最終的にスペルミスだったときの虚無。

それでも続けている。

なぜか。

とにかく、この世界は面白すぎるのである。

昨日まで魔法だったものが、勉強すると仕組みになる。

仕組みを理解すると、自分でも作れるようになる。

作れるようになると、さらに作りたいものが増える。

終わりがない。

そして2026年。

我々の目の前には、大規模言語モデルという、また随分と面白いおもちゃが転がってきた。

文章を書く。

コードを書く。

画像を作る。

ツールを操作する。

考える。

少し前までSFとして話していたようなことが、ものすごい速度で現実になりつつある。

それを見て、

「エンジニアはもう終わりだ」

と言う人もいる。

そうなのかもしれない。

本当に今までの「エンジニア」という職業の一部は消えるのかもしれない。

プログラムの書き方も、ソフトウェアの作り方も、大きく変わるのだろう。

でも私は、それを考えると不安になるより先に、

「これで何が作れるんだ?」

と思ってしまう。

そして実際に、手を出した。

夜中の3時、私はAIに向かって「YouTubeを新聞にしたい」と話しかけていた。

我ながら、ひどい説明である。

案の定、向こうも曖昧なりに解釈して、それらしい何かを返してくる。

違う、動画を一覧にしたいんじゃない。一日ぶんの動画をぜんぶ読んで、朝には一面が組まれていてほしい。

そう言い直すと、直してくる。

そうやってしばらくやり取りをしていたら、頭の中にしか無かった紙面が、朝には画面に出ていた。

「うわ、出た」

その瞬間の顔は、たぶん10歳の頃と同じだったと思う。

紙に家の間取りを描いて、そこに存在しない部屋を眺めていた頃から、感動の質が何ひとつ変わっていない。

道具が、鉛筆からPCになり、PCからAIになった。

それだけだ。

たぶん、子どもの頃から何も変わっていない。

段ボールを渡されたら剣を作る。

洗濯ばさみを渡されたら飛行機を作る。

PCを渡されたら分解する。

インターネットを渡されたらサービスを作る。

AIを渡されたら、AIで何かを作り始める。

それだけなのだと思う。


生き残るためではなく、面白いからやる

だから、これからエンジニアがどう生き残るべきなのか、私にはよく分からない。

10年後、プログラミングという行為が今と同じ形で存在しているのかも分からない。

キーボードでコードを書くこと自体が、古典芸能みたいになっている可能性すらある。

でも、それでいい。

我々が好きだったのは、本当に「コードを書くこと」そのものだっただろうか。

私は少し違う気がしている。

自分の頭の中にある何かを、技術を使ってこの世界に出現させること。

たぶん、私はそれが好きだった。

だから、そのための道具がRubyからAIに変わろうが、キーボードから音声に変わろうが、大した問題ではない。

面白そうなら触る。

分からなければ調べる。

作りたくなったら作る。

失敗したらまた別のものを作る。

それで十分だと思う。

あの日、初めてPCを触った少年だった自分に、今の世界を見せてやりたい。

人間と普通に会話する人工知能がいて、

文章を書かせることができて、

プログラムを書かせることができて、

一緒にソフトウェアまで作れる。

たぶん、目を輝かせると思う。

「将来仕事を奪われるかもしれないぞ」

なんて教えても、たぶん聞いていない。

そんなことより、

「それ、触っていいの?」

と言うはずだ。

Windows 98 のパソコンに向かう少年と、2026 年にノート PC で AI と開発する大人の作り手

ならば今の私も、それでいい。

せっかくこんな時代に生まれてしまったのだから、パラダイムシフトだろうが、パンドラの箱だろうが、シンギュラリティだろうが、全部ひっくるめて楽しもうと思う。

生き残る方法は、そのあと考えればいい。

我々はたぶん、生き残るためにエンジニアを目指したわけではない。

面白くて仕方がなかったから、ここまで来てしまったのである。

もしこれを読んで、

「そういえば自分も、昔ただPCを触っているだけで楽しかったな」

と少しでも思ったなら、一度くらい「生き残るための勉強」から離れて、昔作りたかったものを作ってみてほしい。

我々の目の前には今、子どもの頃には想像もできなかったほど強力なおもちゃが転がっている。

遊ばないのは、あまりにももったいない。

そして私は今日も、PCをつついている。


書いている人:松山摩偉児(まつやままいる)。1998年生まれ。個人開発・サラリーマン・フリーランス・スタートアップを一通り経由して、いまも何かしら作っています。開発と個人開発の話は X で。現在は Paperman(YouTube を毎日の新聞に変えるメディア)を作っています。成功するか盛大に不発に終わるかはまだ分かりませんが、どちらに転んでもまた何か作っていると思います。そういう性分なので。

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